先日、福岡で全日空のB767型機が右エンジンから出火、緊急着陸を行いましたが、飛行機が怖い方はぞっとしたのではないかと思います。
離陸直後のエンジントラブルは2017年9月に羽田発ニューヨーク行きの日本航空のB777でも起きています。(下記画像)
この様にみると頻度が多いのかと思いますが、離陸直後のエンジントラブルは一人のパイロットが一生涯の内に一度あるかないかという確率です。
ほとんどのパイロットは実機でのこのような経験のないまま退職していきます。
もちろん私も実機でこの様な体験はありません。
エンジン火災が起こった時、操縦室ではどういう事が行われているか、どういう対処がされ、どの様に空港まで戻るのかを理解していると飛行機が怖い方も少しは恐怖が和らぐと思いますので説明しますね。
緊急着陸の意味
皆さんは多分、エンジントラブルが起こったから緊急着陸すると思っていると思います。
これは半分正しいのですが、半分違います。
本当の緊急着陸の意味は実はほかのところにあります。
この様なトラブルが起こった飛行機は管制機関に緊急宣言をして着陸を行います。
双発エンジンの場合、エンジンが一つだめになった場合、残るエンジンは一つです。
エンジンが一つと言う事はもう一つのエンジンもトラブルに陥ると飛行継続ができなくなります。
この事が緊急事態を宣言する本当の意味です。
もちろん、エンジントラブルを起こしたエンジンが他のシステムに影響をし続ける、例えばエンジン火災が消えないような場合はこれ自体が緊急を宣言する理由にはなりますが・・・。
ちなみにエンジンが4発あるB747の場合、一つエンジンが止まっても緊急事態を宣言しません。
B747にとって4発のエンジンの内1発止まっても残り3発で十分に飛行継続可能です。
上記理由によりB747の場合緊急事態ではなく、異常事態として運航します。
4発エンジンの飛行機は万が一、もう一つエンジンが止まっても2発で飛行は出来ますが、この場合はもう一つ止まると(エンジン一つでは)飛行は出来なくなりますのでこの場合は双発エンジンと同じ理由で緊急事態を宣言します。
離陸中にエンジン火災がおこったら・・・。
一番厳しい状況であるエンジン火災についてB747-400、B777の様なBoeingの飛行機を例に説明します。
エンジン火災が起こったら操縦室ではMaster Warning Lightと言う赤いライトが点滅して火災発生を知らせるFire Warning Bell(ベル) が断続的になります。
このベルは火災が鎮火するか、Master Warning LightをPushする事で鳴り止みます。
と同時に操縦室の機長と副操縦士の間にあるEICAS(アイキャス)と言う計器にどのエンジンが火災かメッセージが出ます。
上記により火災を認識した乗員はまずRecall Item(リコール アイテム)と言う記憶で行う操作を行います。
少し専門的になりますが、具体的には以下の操作です。
1.Thrust Lever Close(スラストレバー クローズ・・・パワーをアイドルにします。)
2.Fuel Control SW Cut Off (フューエル コントロール スイッチ カットオフ・・・燃料の供給を遮断します。)
3.Engine Fire SW Pull (エンジンファイアスイッチ プル・・・当該エンジンへの燃料、エアー、電気、油圧等火災を助長する可能性のあるものをすべて遮断します。)
ここまでで火災の原因になるものをすべて遮断していますので通常、火災は鎮火します。
もしここで火災が消えなければ
4.Engine Fire SW Rotate (エンジンファイアスイッチローテート・・・3番のステップで引いたEngine Fire SWのレバーを右か左に回しエンジンの中に消火剤を散布します。)
ここでも火災が消えなければ
5.4の手順を繰り返します。
この消火剤はFire Bottleと言う球形の入れ物に入っており、飛行機には2個搭載されています。
一つのエンジンに2回消火剤を散布できます。
火災が消えたら機長はFire Engine Check List(ファイア エンジン チェックリスト)をOrderします。
このCheck Listで先ほど記憶で行った操作の確認、その他必要な手順を行います。
Checklistが終わったら管制機関に状況を伝え、緊急事態を宣言し、出発飛行場に戻るのか、近くの飛行場に降りるのか、目的飛行場に行くのかを決定します。
Checklistには「Plan to land at the nearest suitable airport」(近くの適切な空港に着陸する事を計画せよ。)と書いています。
適切な空港とはその飛行機が安全に着陸できる十分な長さの滑走路がある事が最大の要件ですが、その他に空港の設備、天候等を総合的に判断して決められます。
離陸直後で天候が良ければ当然出発空港へ戻る事が自然な流れです。
乗客へのアナウンス
状況によりますがここまで来るのに3分前後、ここで初めて客室乗務員に詳細を伝える余裕ができます。
客室乗務員に詳細を説明後、乗客にアナウンスを行う事になります。
もし乗客が客室の窓からエンジン火災を発見して客室内が大騒ぎになっているとしたら約3分間の間、乗客の皆さんは何の説明もなく怖い思いをされる事と思います。
早く乗客の皆さんに状況を説明したいのは我々としても山々なのですが、起きたトラブルに対して適切に対処をする事が安全を確保するためにまずは優先ですのでご理解いただければと思います。
火災が消えれば緊急着陸をする事になりますが、双発機が一つのエンジンで運航する事は技術的にはそれほど難しい事ではありません。
パイロットは片方のエンジンのみでの飛行をシミュレーター(模擬飛行装置)で嫌と言うほど訓練を受けています。
そもそもこの飛行ができないものは当該飛行機に乗務する資格を与えられません。
片方のエンジンでもほぼ通常通りの着陸を行うことが出来ますのでご安心頂きたいと思います。
パイロットの訓練は飛行機の運航上考えられるトラブルを想定して行われます。
そのほとんどは万が一のための訓練で実際の飛行で遭遇する事はほとんどありません。
エンジン故障の他に急減圧、油圧系統の故障、航法システムの故障、電気系統の故障、着陸装置の故障等、多岐にわたります。
嫌と言うほど訓練を受けているのはトラブルが頻発するかからではありませんので誤解のない様にお願いします。
この様な故障時の訓練、審査を3か月に一度は受けていますが、これが私たちの本当の仕事です。
通常の運航はそういった背景があって成り立っています。
片側のエンジンのみでどの様に飛行機をコントロールしているのでしょうか?
一つのエンジンが停まると止まったエンジンの方向に機首が振れます。
これをYaw(ヨー・・・左右の振れ)と呼びますが、このYaw止めるために停まったエンジンと反対側にRudder(方向舵)を踏み込みます。
そうすると機首方向は保たれますが、飛行機は方向舵を踏んだ方向へ傾きます。
その傾きを修正するためにAileron(補助翼)を停まったエンジン側に切ります。
これで飛行方向が保たれます。
ちょっと分かり難いと思いますので具体的に説明します。
例えば左のエンジンが故障したとします。
飛行機は右エンジンのみですので左に傾きながら機首が左方向に向こうとします
これを止めるために足で右Rudder(方向舵)を踏みます。
そうすると機首は右に戻りますが、右に傾きが生じます。
この傾きを修正するために左にAileron(補助翼)を切ります。
この状態でまっすぐ飛行が可能になりますが、若干、飛行機は右に傾きながら(傾きにして2から3度で)飛行する事になります。
アナウンス後、パイロットが行う事は・・・
もし行き先がアメリカやヨーロッパの様な長距離路線の場合は間違いなくそのままでは着陸重量が重すぎて着陸できません。(最大着陸重量を超えています。)
この場合は着陸空港に応じた適切な着陸重量になるまで燃料を捨てなければなりません。
この操作をFuel Jettison(フューエル ジェティソン…燃料投棄)、もしくはFuel Dump(フューエル ダンプ・・・燃料放出)と言います。
既述した2017年9月に羽田発ニューヨーク行きの日本航空のB777も房総沖で燃料を投棄してから羽田に戻っています。
捨てる燃料の量によりますが、所要時間は30分から1時間くらいかかるときがあります。
その他、管制機関とのやり取り、着陸の準備、会社への状況説明、駐機場の取得、CAへの情報提供等行う事は多岐にわたります。
こうやって見るとパイロット、特に機長に必要な能力は操縦技術だけではなく、状況に応じた飛行マネージメントだという事が分かります。
専門的にはSituation Awareness (状況認識)と言い、この状況認識の良し悪しにより飛行の質は大きく左右されます。
現代のパイロットにとって適切な状況認識ができる能力は必要不可欠です。
と言う事でエンジンが一つ止まった事は大きなトラブルではありますが、残った一つのエンジンで飛行には特に支障ない事、乗員はこのようなトラブルを想定して厳しい訓練を受けている事を考えると過度に心配はしなくても良いのかなと私は思っています。
ここまで書くと「一つのエンジンが止まり、緊急着陸する理由がもう一つ止まる可能性があるからと言うならその状態はもっと怖いのでは・・・」と言う声が聞こえそうですが、エンジン一つでの運航についてはエンジンの信頼性を示すある運航の決まりがあります。
長くなりましたこの件に関しては次回に説明したいと思います。